いらっしゃい虫

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ちょこざいな!
記事のタイトルを何にしようかと迷いました。

中国の駐在員の仕事を辞め、それと同時に日本国内の会社も退職して帰国し、、

痴呆の父の介護というか、介護前の段取りというか、、一人暮らしの父の家に毎日通っています。
先週水や薬が喉を通らなくなり入院させましたが、、
三日ほどで好転し食事ができるようになりました。

もちろんお粥ですが、自力で飲み込めるようになりました。

それは、それで良いのですが、点滴により体力も少し回復してきたら、、
始まりました。。。。。
暴言、ののしり・・・・痴呆からくる症状と理解はしていますが、

聞くに堪えられない言葉も平気でしゃべります。

痴呆も他人を不快にする場合は、周りの者は堪りません。
内弁慶のごとく威張り、ののしられたのでは堪りません。

世の中には、こういう事に耐えている人が多いのかなと考えます。
昔よく聞いた「嫁と姑」の話などが頭に浮かびます。

私の場合は実の父ですが、、「ありがとう」「すまんな」・・とかいう言葉、気持ちはありません。
他人に対しては、憎しみしか持ってないです。

仕事も退職し、面会に行くにしても費用がかかります。
退職したのですから、収入はありません。
そういう事情を理解せず、、
子が親の面倒を見るのは当たり前のように感じ、、暴言を吐く父を殴りつけたい時もあります。

しかし、「痴呆」だからしょうがないと諦めています。

昨今は、痴呆だけでは入院は難しいです。というより、、無理に近いです。
体のどこかが異常にならないと入院は難しいです。

父が何故このような痴呆になったかは、おおよその見当がつきます。
戦争です、インパール作戦の生き残り負傷兵の心の傷が原因と思います。

20歳で現役召集となり、それから12年の軍隊生活が性格を変えてしまい、
最後は、肉弾戦の末負傷し傷痍軍人となりました。
刀傷7箇所、鉄砲傷2箇所、計9箇所を負傷し戦後は左手に後遺症を抱えての生活でした。

でも、その鬱憤は外に向けることができない内弁慶で、家族に向いてきました。
機嫌が悪いときは、家族に当り散らし戦争への鬱憤を晴らしていました。

歳が94歳を超え、認知症の痴呆になっても、その傾向は酷くなるばかりです。

今日は、愚痴りブログです。




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